つぼみ

モッチャル 第一話
約2,649字 / 三章

一待つ

白いつぼみの、すぐ横の草が、ぱっと割れた。

緑のまんまるが飛び出して、地面のくぼみに、すぽんと収まった。すきまが一つもない。

てっぺんから、葉っぱの形の耳が二枚、ぱたっと垂れた。

手のひらにのるくらい。背中に薄いクリーム色のはん点、おなかだけが白い。首がない。モッチャルだ。

まんまるが、体ごと上を向いた。

細くねじれたつぼみが、一本だけ立っている。その先は、耳の先より少し高い。まだどこも開いていない。

くぼみは、モッチャルとぴったり同じ大きさだった。そこへ、草がねているすじが続いている。

――きょうも、きた。

少し離れた原っぱで、仲間が五ひき、シロツメクサに顔をつっこんでいた。みんな同じ形で、背中だけ見えている。

草はらのはしで、人間の子どもがしゃがんで、花を摘んでいた。モッチャルは気づかない。

モッチャルは片方の耳を、つぼみのとなりまで持ちあげた。どちらが高いか、見くらべている。

つぼみのてっぺんで、巻きの合わせ目が、糸一本ぶん白くなっていた。

まじめな顔だった。

おなかが、きゅう、と鳴った。体が一度、すとんと沈む。

仲間たちのほうへ、半歩だけ体を向けた。前あしが一本出る。けれど足のうらは、地面から離れなかった。

出した足のま下に、白い花が一つだけ咲いていた。足は、その手前で止まった。影だけが、花にかかった。

モッチャルは、くぼみに戻った。

二三つの邪魔

空から、水色のまんまるが落ちてきた。

パタウキだ。うすい体のふちを、いっしょうけんめいばたつかせている。ばたつかせても、ちっとも上がらない。

つぼみの真上にさしかかったところで、ぼとりと落ちた。

モッチャルはあわてて体をひろげた。横には、ひろがった。上には、なにもなかった。

パタウキはつぼみのすぐ横に落ちて、ばつが悪そうに転がっていった。

転がったパタウキが、体のふちを小さくVにひらいた。モッチャルも同じ角度に耳をひらいた。

つぼみは無事だった。白くなった合わせ目が、さっきより長くなっている。モッチャルは胸をはってすわり直した。

――ぼくが、まもった。

*

こんどは、炭色の小さいのが降りてきた。

スワリコ。モッチャルの三分の一。すきとおった羽と、細い触角が二本。

スワリコはつぼみにとまって、触角をぱっと横にひろげた。ほとんど水平の、大きなVの字。

モッチャルは体を同じ高さまで下げて、両の耳を、同じVの字にひろげた。

小さい触角のVと、大きな耳のVが、同じ角度で並んだ。

スワリコは、そっぽを向いた。

モッチャルは短い足で背のびをして、耳の先がふるえるほど大きくVをひろげた。

スワリコは触角をといで、飛んでいった。

飛び立った風で、白い筋のはしが、ほんの少しだけ浮いた。

*

三つ目は、下から来た。

うすむらさきの、指のさきほどのつぶが、列になってやってきた。プチムレだ。十二ひき。

つぼみの茎に、ぞろぞろとのぼりはじめた。

モッチャルは前あしで払った。三びき落ちた。そのあいだに七ひきのぼった。払う。落ちる。のぼる。

どうにもならなくなって、モッチャルは自分から転んだ。あおむけで、短い手足を四本とも空へ向けてじたばたさせる。白いおなかが、緑の草はらでたった一つの明るい色になった。

プチムレたちは、のぼりきると、すぐ飽きて降りていった。

モッチャルは、あおむけのまま、それを見ていなかった。

*

日が低くなった。影が長くのびている。

モッチャルはくぼみに戻っていた。

つぼみの巻きが、ひとまきぶん、外へ折れていた。

モッチャルは前あしをのばして、触れずに止めた。

垂れた耳の先が、一センチだけ下がった。

三大きすぎるもの

地面が、ゆれた。

モグノッソだった。

砂色の、大きなかたまり。前がひくく、うしろが高い。モッチャルの三倍はある。前のわきに、低い角のこぶがふたつ。口を止めずに草を食べながら、ゆっくり近づいてくる。

その進む先に、つぼみがあった。

モッチャルは、つぼみの前に体を投げ出した。両の耳を横いっぱいにひろげて、通せんぼをした。

モグノッソは、気づきもしなかった。

モッチャルは体ごとぶつかった。ぼす、と鈍い音がして、跳ね返された。もう一度。また跳ね返された。

三度目で、くぼみまで転がって、すぽんと収まった。すきまが一つもない。

その背中の向こうで、折れたところから巻きが、ひとつ、ほどけた。

モッチャルは、モグノッソしか見ていない。

モグノッソの足は、止まらなかった。

*

モッチャルが、止まった。

体をそらして、つぼみのほうへ向き直った。首がないので、体ごとでないと向けない。

折れたところが、ゆるんでいた。

それきり、動かなかった。

*

草はらのはしから、ずっと見ていた子がいた。

手を出すのが遅い子だった。見つけても、すぐには触らない。

パタウキが落ちたとき、この子はしゃがんだまま、まばたきをしなかった。

あおむけで手足をじたばたさせたとき、少しだけ身をのり出した。

三度目に跳ね返されたとき、草をにぎった手に力が入った。

子どもは立ちあがった。

両手でモグノッソの横腹を押した。動かない。踏んばって、もう一度押した。動かない。押すたびに、その向こうでつぼみがゆれた。

それから、かかえていた花のたばからひとつかみを抜いて、モグノッソの前のはしの、少しだけ横に置いた。

モグノッソの口が、そちらへ向いた。

そして、進む向きが変わった。

砂色の背中が横へ流れて、うしろから、つぼみが現れた。

巻きが、さっきよりゆるんでいた。

*

モッチャルは、動かないままだった。

つぼみが、ほどけはじめた。

ひとまき。ふたまき。白い花びらが、ゆっくりと外へひらいて、平たい円になった。

ひらいた花びらの一まいは、縁が折れたままだった。それでも、ひらいた。

モッチャルの体が、上へのびた。のびて、花のほうへ前に傾いた。両方の耳が、顔の前まで流れて、水平のVにひらいた。

花びらの円と、同じ角度だった。

そのまま、動かなかった。

子どもの手から、花のたばが、草の上にぱさりと落ちた。

開いた花のほうへは、手を出さなかった。

*

うすむらさきの列が、開いた花のわきを通りかかった。先頭の一ぴきだけが、のぼって、すぐ降りた。あとの十一ぴきは、通りすぎていった。

*

夕方の空は、うすい桃色をしていた。

草はらを見わたすと、開いた白い花のまわりに、あちこちにまんまるの緑が転がっていた。みんな同じ形で、同じ色をしている。

どこかで、長い息の音がした。

ふぃ〜。

子どもは顔を上げて、音のしたほうを探した。

けれど、見つけられなかった。

どれが、さっきの子なのか。もう、わからなかった。

――第1話 おわり
★映像版との違い。 映像はセリフ0で、少女の顔も最後まで映しません。感情は耳の角度と体の傾きだけで語ります。
★小説では、そこで語れないものを一つだけ足しました —— モッチャルの内心(「――」の行)です。
★ただし少女の内心は書いていません。 種族がちがい、言葉がまったく通じないので、彼女がなぜ花を置いたのかは、この子にも読者にも分からないままにしてあります。