つぼみ

モッチャル 第一話
約2,531字 / 三章

待つ

細くねじれた白いつぼみが、一本だけ立っていた。

傘をきつく巻いたような形。先がくるりとよじれて、まだどこも開いていない。この花は、午後の遅い時間になってから開く。それまでは、ただの白い筒だ。

草を分けて、緑のまんまるが近づいてきた。

手のひらにのるくらいの生きもの。背中に薄いクリーム色のはん点、おなかだけが白い。首がなくて、まんまるのてっぺんから葉っぱの形の耳が二枚、垂れている。モッチャルだ。

地面には、モッチャルとぴったり同じ大きさのくぼみがあった。そこへ草がねているすじが続いている。何度も通った跡だ。

モッチャルは探しもせず、すぽんと収まった。すきまが一つもない。

――きょうも、きた。

少し離れた原っぱでは、仲間たちが白いシロツメクサに顔をつっこんでいた。五ひき。みんな同じ形で、同じように背中だけ見えている。

モッチャルは、片方の耳をぴんと立てて、つぼみのとなりに並べた。どちらが高いか、見くらべている。

――きのうより、ちょっとだけ、おおきい。

まじめな顔だった。まじめだから、おかしかった。

おなかが、きゅう、と鳴った。体が一度、すとんと沈む。

モッチャルは、仲間たちのほうへ半歩だけ体を向けた。前あしが一本出る。けれど足のうらは、地面から離れなかった。

出した足のま下に、群れからはぐれた白い花が一つだけ咲いていた。足は、その手前で止まった。影だけが、花にかかった。

モッチャルは、くぼみに戻った。

三つの邪魔

空から、水色のまんまるが落ちてきた。

パタウキだ。小さな翼をいっしょうけんめい羽ばたかせている。羽ばたいても、ろくに浮かない。

つぼみの真上にさしかかったところで、ぼとりと落ちた。

モッチャルはあわてて体をひろげた。壁になるつもりだった。けれど、まんまるの体では横しか守れない。上はどうにもならない。

パタウキはつぼみのすぐ横に落ちて、ばつが悪そうに転がっていった。

つぼみは無事だった。モッチャルは胸をはってすわり直した。

――ぼくが、まもった。

こんどは、炭色の小さいのが降りてきた。

スワリコ。モッチャルの三分の一しかない。すきとおった丸い羽と、細い触角が二本。この草はらでいちばん、人の言うことを聞かない。

スワリコはつぼみにとまって、触角をぱっと横にひろげた。ほとんど水平の、大きなVの字。

モッチャルは体を同じ高さまで下げて、両方の耳を、同じVの字にひろげた。

これがこの生きものの言葉だった。相手の耳の角度を、自分の耳でまねる。同じ角度になれば「わかった」。

モッチャルは、話しかけていた。

スワリコは動かなかった。

モッチャルはもっと大きくVをひろげた。短い足で背のびをして、耳の先がふるえるほどに。

スワリコは、そっぽを向いて触角をといでいた。

三つ目は、下から来た。

うすむらさきの、指のさきほどのまんまるが、列になってやってきた。プチムレだ。一ぴきでは何もできない。だから、いつも数で来る。

つぼみの茎に、ぞろぞろとのぼりはじめた。

モッチャルは前あしで払った。三びき落ちた。そのあいだに七ひきのぼった。払う。落ちる。のぼる。

どうにもならなくなって、モッチャルは自分から転んだ。あおむけになって、短い手足を四本とも空へ向けてじたばたさせた。白いおなかが、緑の草はらでたった一つの明るい色になった。

プチムレたちは、のぼりきったあと、すぐ飽きて降りていった。

モッチャルは、あおむけのまま、それを見ていなかった。

日が低くなった。影が長くのびている。

モッチャルはくぼみに戻ってすわっていた。

つぼみに、たての切れ目が一本入っていた。巻きが、ひとまきぶんだけほどけている。

垂れた耳の先が、一センチだけ持ちあがった。

大きすぎるもの

地面が、ゆれた。

モグノッソだった。

砂色のまんまる。モッチャルの三倍はある。頭に小さな角が二本。口を止めることなく、ずっと草を食べながら、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。

悪気はない。生まれてからずっと食べているだけだ。

その進む先に、つぼみがあった。

モッチャルは、つぼみの前に体を投げ出した。両方の耳を横いっぱいにひろげて、通せんぼをした。

モグノッソは、気づきもしなかった。

モッチャルは体ごとぶつかった。ぼす、と鈍い音がして、跳ね返された。もう一度ぶつかった。また跳ね返された。

モグノッソの足は、止まらなかった。

モッチャルが、止まった。

体をそらして、つぼみのほうへ向き直った。首がないので、顔だけよそへ向けることはできない。

それきり、動かなかった。

草はらのはしから、ずっと見ていた子がいた。

人間の子どもだ。手を出すのが遅い子だった。見つけても、すぐには触らない。しゃがんで、じっと見る。

三回失敗するのを、ぜんぶ見ていた。

子どもは立ちあがった。

モグノッソを押しのけようとはしなかった。押せる大きさではない。

かかえていた白い花のたばから、ひとつかみを抜いて、モグノッソの鼻先の、少しだけ横に置いた。

モグノッソの口が、そちらへ向いた。

そして、進む向きが変わった。

力ではなかった。ただ、そちらのほうが近かっただけだ。

モッチャルは、動かないままだった。

つぼみが、ほどけはじめた。

ひとまき。ふたまき。白い花びらが五まい、ゆっくりと外へひらいて、平たい円になった。

モッチャルの体が、上へのびた。のびて、花のほうへ前に傾いた。両方の耳が、顔の前まで流れていった。

そのまま、動かなかった。

子どもの手から、力が抜けた。かかえていた花のたばが、草の上にぱさりと落ちた。置いたのではない。なぜ摘めなくなったのか、この子にも言えなかった。

開いた花のほうへは、手を出さなかった。

うすむらさきの列が、草のあいだを通りかかった。

先頭の一ぴきが、開いた花にのぼった。

のぼって、すぐ降りた。

あとの十一ぴきは、そのまま通りすぎていった。

夕方の空は、うすい桃色をしていた。まだ暗くない。夏の日は、七時ちかくまで明るい。

草はらを見わたすと、あちこちにまんまるの緑が転がっていた。みんな同じ形で、同じ色をしている。

どこかで、長い息の音がした。

ふぃ〜。

子どもは顔を上げて、音のしたほうを探した。

けれど、見つけられなかった。

どれが、さっきの子なのか。

もう、わからなかった。

――第1話 おわり
映像版との違い。 映像はセリフ0で、少女の顔も最後まで映しません。感情は耳の角度と体の傾きだけで語ります。
小説では、そこで語れないものを一つだけ足しました —— モッチャルの内心(「――」の行)です。
ただし少女の内心は書いていません。 種族がちがい、言葉がまったく通じないので、彼女がなぜ花を置いたのかは、この子にも読者にも分からないままにしてあります。